雪国に織物が栄えた「7つの理由」

作成: 日時: 2016年12月10日
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雪国に織物が栄えた「7つの理由」

雪国観光圏には織物の技術が磨かれ非常に栄えた歴史がある。「越後上布」「越後縮」「十日町明石ちぢみ」などなど…。しかし、なぜ雪国で栄えたのか。その理由を調べるべく、十日町の織物組合専務理事である佐野良吉さんにお話を伺った。そして、7つの栄えた理由を教えて頂いたのでご紹介。

 

理由その1「苧麻栽培に最適」

理由その1.苧麻栽培に最適

雪国は麻織物の原料となる苧麻(ちょま、別名カラムシ)の栽培に適した場所であった。苧麻は雨が多く、湿気が高く、強風が少ない寒冷地を好む性質があり、昔から雪国に原生していた。それを示すように十日町市には現在も“麻畑”“浅(麻)ノ平”苧ノ島などの地名が残っているほどである。

 

 

理由その2「織物に適した気候」

理由その2.織物に適した気候

雪国は湿度が高い。その湿度の高さは、糸を紡(つむ)いだり、撚(よ)ったり、織ったりする時に糸が切れるのを防いでくれた。昔は秋になると苧麻を刈り、雪が降り湿度の上がる時機を待って機織りをしたようだ。昼夜の湿度差が少なく安定した湿度であったことも、織物にはきわめて恵まれた気象条件であった。

 

 

理由その3「冬に可能な生業」

理由その3.冬に可能な生業

半年豪雪に閉ざされる冬の間、できる仕事は限られてしまう。そんな中、農家の主婦にとって機織は家でできる生業として最適だった。

 

 

理由その4「雪国の女性の性格」

理由その4.雪国の女性の性格

雪国の女性は長い冬を黙々と耐え忍ぶ生活習慣だったので、雪国特有の我慢強さと手先の器用さに加えて、生来の勤勉さを兼ね備えていた。そして親から子へ、子から孫へと技術も蓄積されていったのだ。

 

 

理由その5「かみ合う雪の恵み」

理由その5.かみ合う雪の恵み

糸や布を漂白する効果のある雪晒しは、雪の恵み。そして、豪雪地の豊かな雪解け水も、地下深く浸透して魚沼層という地層を浸透するうちに染色に好適な軟水となり、染色に素晴らしい発色効果をあげた。江戸時代の文人・鈴木牧之も当時の越後の暮らしぶりを描いた名著「北越雪譜」に「雪は縮の親といふべし」という言葉を残しているほど、雪は織物に恵みをもたらすものだった。

 

 

理由その6「輸送のしやすさ」

理由その6.輸送のしやすさ

織りあがった製品は高価な割には軽量で、山間地で交通が不便な雪国でも輸送に支障が少なく、雪国に非常に適した産業であった。

 

 

理由その7「貴族からの需要」

理由その7.貴族からの需要

越後の麻織物は東大寺の正倉院に所蔵されているほどその品質の良さを認められており、朝廷、征夷大将軍、豊臣秀吉等にも贈られていた記録がある。貴族、権力者への贈答品として欠かせない品として長く重用された。

 

佐野良吉さん

佐野良吉さん

大正14年十日町市生まれ。十日町市公民館主事。市教育委員会庶務課長、商工課長をへて織物組合に移り専務理事。のち市史の「織物史」の編集委員長を担当した。