杜氏対談|雪国の酒が美味しい理由を、酒造りの長である杜氏に聞いてみました。

作成: 日時: 2014年7月18日
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酒造りの長の杜氏(とうじ)。2014年3月に発行された「南魚沼酒語りハンドブック」の中に、南魚沼の酒造各社の杜氏や製造責任者から南魚沼の酒が美味しい理由を聞いた「杜氏対談」が掲載されています。

誌面ではスペースの都合で割愛せざるを得なかった対談を、scf+ではフルバージョンで掲載いたします。

Photo / Naoto Kawada

対談の場は、越後六日町温泉「温泉御宿 龍言」さんの安穏亭

対談の場は、越後六日町温泉「温泉御宿 龍言」さんの安穏亭

 

【雪を活かした酒造りは越後流】

 

ー 美味しいお酒を生み出すこの地の風土について教えてください。

 

阿部茂夫(以下、阿部):雪解け水はきれいな水を生み出し、空気をきれいにします。昔は寒造りだけでしたが、今は酒の種類が多くなったこともあり、冬を中心に広く生産しています。

南雲重光(以下、南雲):雪を活かした酒造りは越後流と言われます。雪解け水は伏流水となり淡麗な酒を生む軟水になります。また雪は気温を低温にさせ空気を清浄します。日本酒は開放発酵なので麹菌、酵母という二つの生き物をコントロールし、有害な雑菌をシャットアウトし、でんぷんを糖化し、アルコールを生成させます。

今井隆博(以下、今井):当社では伏流水を仕込み水を使用してますが、米にストレスを感じさせないため、米と水の温度を均一にする取り組みをしています。そのために汲み上げた冷たい水をタンクにしばらく置いて研ぎ水に仕様してます。当社の水はカルシウムやミネラルも入った中硬水に近い軟水です。

南雲:硬水は発酵しやすい。醸造技術が今ほど出なかった昔は、軟水を加工して硬水に変えたほど。軟水での酒造りは技術的にも確立されておらず、失敗する危険も常にはらんでいた。硬水は濃醇でコシがある酒ができる一方で、軟水は柔らかく、切れ味がいい酒ができる。

阿部:新潟県が昭和31年に開発した酒米「五百万石」が雪解けの軟水にぴったり合った。

髙千代酒造株式会社 杜氏 阿部茂夫

髙千代酒造株式会社 杜氏 阿部茂夫

南雲:新潟の地酒ブームを起こした「五百万石」の貢献は大きいですね。「五百万石+軟水+越後杜氏の技術」で淡麗でおいしい酒ができるようになった。

阿部:当社では仕込み水を瓶詰のミネラルウォーターにした「円水(えんすい)」を造っています。「円水」は東京の高級レストランで1本1,500円で売られているほどです。

青木茂晴(以下、青木):ぶどう畑のある地は水無川(みずなしかわ)の扇状地にあり、水はけもいいんです。南魚沼の地は盆地で夏の気温の寒暖の差が大きいことも糖度ののりが良いぶどうができます。

 

ー 雪国ならではの苦労もありましたか?

 

青木:雪でぶどうの木が折れないために斜めに植えたり、ぶどう棚を支える針金も毎年張り替えたりしています。

しかし、ぶどうは凍害(とうがい)を防ぐために木をわらや土で巻いたりするものですが、雪の中は0度以下にはならないため当社では凍害予防の必要がありません。また、冬の間ゆっくり休ませることもできたり、病気や害虫を防ぎ、土をきれいにしてくる効果もあります。

 

【地元の農家は酒米を作りたがらない】

 

ー 高千代酒造さんでは新潟県では珍しく「一本〆(いっぽんじめ)*注釈」という酒米を使ってお酒を造っているとか?

 

阿部:平成18年から酒米「一本〆」を自社で調達しなければならないことになったのですが、当初苦労しました。南魚沼のコシヒカリは市場価格が高く、地元の農家の方は酒米を作りたがりませんでした。弊社も契約農家の方にお願いしたり、自社栽培したりしていますが、必要量を確保するのは難しいです。また、酒造りにおいても「一本〆」は水に溶けやすく洗米に大変手間のかかる酒米です。けれども「一本〆」で造る日本酒は米の旨味が濃くなり、膨らみのあるお酒になります。

南雲:当社では酒米を選ぶ時にどういう酒を造りたいのか?そのための設計図を作りそれに合った酒米を選ぶようにしています。五百万石だけでは醸し出せない味もあるため、高級酒には山田錦や長野の美山錦も県内産の酒米と合わせて使用します。

八海醸造株式会社 取締役製造部長 杜氏 南雲重光

八海醸造株式会社 取締役製造部長 杜氏 南雲重光

青木:日本酒で言うところの米はワインで言うと葡萄ですが、ここ南魚沼ではぶどうといえば食用のものがほとんどで、ワイン用のぶどうを作る農家がありませんでした。それでワイン造りも自分たちで葡萄を栽培することから始めました。今ではぶどうは100%新潟県産のぶどうで、8割がここ南魚沼産の物です。

 

【「おいしい酒を目指す」ためには蔵人全員が同じ気持ちになることが大切】

 

ー 杜氏というと一般の人から見ると馴染みのない職種だと思うのですが‥

 

南雲:昔は新潟には三島野積杜氏(みしまのづみとじ)や刈羽杜氏(かりわとじ)など越後杜氏集団がいて、冬の間当地に来て農閑期にある地元の農家の人を使いながら酒造りを指導していました。高度成長とともに出稼ぎ杜氏集団も衰退し、地元の職人だけで酒造りをするようになっていきました。

昔は、酒造りは自然を最大限利用しました。午前2時に起きて釜に火を入れて、午前4時に蒸米(*米を蒸すこと)をし、日の出前の一番寒い時間にその寒さを利用して米を冷やすというものでした。「冷たい、寒い、重い」の今より数段辛い仕事でした。

 

ー 現在の杜氏の一日ってどのような感じですか?

 

南雲:朝は午前5時前にだれもいない酒蔵をまず、見回ります。誰もいない酒蔵はひっそりしていますが、静かだからこそ感覚が研ぎ澄まされ、日中は見えなかったものも見えるんです。その後午前、午後と見回りをしますが、その間にはきき酒(しゅ)をします。搾った酒、瓶に詰めるまでの酒などいろいろな段階の酒を自分の舌で確認します。自分の設計したとおりになっているか?体と五感でチェックします。酒も日々変わり、つくづく酒は生き物だな、と感じます。

 

ー 苦労の多い酒造りは雪国の人の我慢強さや真面目さが適しているといわれていますが‥

 

今井:弊社は9人と少人数の蔵人で造っているので、毎朝5時半か6時から酒造りに取りかかります。若い人も多いのですが、社訓の「和合*」精神の通りチームワークで乗り切っています。「おいしい酒を目指す」ためには杜氏だけでなく蔵人全員が同じ気持ちになることが大切です。酒造りに熱中してもらいたいから禁煙はもちろんのこと、休憩時間にも携帯電話は禁止です。そのかわり若い蔵人には「一生青木酒造で勤めるつもりでいろよ」と言っています。

青木酒造株式会社 製造部部長 杜氏 今井隆博

青木酒造株式会社 製造部部長 杜氏 今井隆博

南雲:私も組織をいかに束ねる力かが杜氏の仕事だと思います。杜氏一人の力では酒造りはできません。

 

ー ワインはぶどうの当たり年とかあって、毎年同じ品質を保つのは大変ではないですか?

 

青木:年によって味に違いが出るのがワインの面白さだと思うんですよね。ぶどうは年によって味が違いますので、できるワインも違った味になります。ぜひその違いを味わっていただきたいと思います。

株式会社アグリコア 越後ワイナリー 栽培製造課長 青木茂晴

株式会社アグリコア 越後ワイナリー 栽培製造課長 青木茂晴

ー 新潟県は日本酒消費量県で1位、と聞きましたが‥

 

南雲:新潟県は蔵元の数も約90蔵で全国1位ではないでしょうか。ただその90社は全部が集まってもナショナルブランドの大手メーカー1社分にも及びません。その分、小さくても高品質で高付加価値の商品を作っています。

阿部:昔は年貢を納めた場所には酒蔵があり、戦前は村々には1つは酒蔵があったものです。終戦後合併で少なくなりました。

 

ー 越後ワイナリーさんのワインの特徴を教えてもらえますか?

 

青木:口当たりがよく和食に合うというところです。

対談中の杜氏の一コマ

 

【淡麗辛口ではあっても、きちんと米の味、米の香りが表現されているのが南魚沼(ここ)の酒】

 

ー 日本酒を選ぶに困る人が多いと思うのですが、選び方・飲み方を教えてください。髙千代酒造様は「淡麗旨口」ということがお酒の特徴のようですが、それはどのようなものですか?

 

阿部:雪深い巻機山の伏流水で仕込む酒は味があって、キレが良い。なんとなく酒がすすみ、自然に減っているというのが髙千代の目指す酒です。

南雲:最近は酸味の強い個性的な日本酒もありますが、淡麗辛口ではあっても、きちんと原料である米の味、そこから醸し出される米の香りが表現されいているのが南魚沼(ここ)の酒の特徴ではないでしょうか?元々、日本酒は食中酒。だからどんな料理にも合う。料理の味を引き立てるのが日本酒。一口飲んでいい香りを楽しんでおしまいという酒でなく、いくら飲んでも飲み飽きしない酒が基本です。

ただ、最近は各蔵とも新しいお客の掘り起こしを狙っていろいろなお酒も造っています。

阿部:当社も日本酒度*19度という完全発酵させた超辛口の酒を製造し、これが好評です。

今井:飲み方で言えば、私は冷より、常温から20°くらいで飲むのが好きですね。

南雲:南魚沼の酒はどれもきちんと造られているので、冷では飲めるけど、燗では飲めない、ということはありません。どのような飲み方でも品質が崩れず、おいしく飲めるのが南魚沼のお酒です。

対談中の杜氏の一コマ

 

ー 八海醸造さんの製造方針は「大吟醸の製造技術を全酒類への応用」ということですが、その狙いはどのようなものですか?

 

南雲:各蔵元とも再上位ランクの大吟醸酒*や純米大吟醸酒にその蔵の酒造りの技術を結集しています。当社も非売品の大吟醸酒をすべての酒造りの基本にしています。その技術、考え方、思想を日常飲むお酒にも応用して、多くのお客様が日常的に飲む日本酒も品質を高めたいという思いからです。

 

ー 青木酒造さんは、創業が1717年と古く、江戸時代のベストセラー「北越雪譜」の作家鈴木牧之*が「鶴齢」の名づけ親だそうですが。

 

今井:もう少しで300年になります。5代目に婿に入ったのが、鈴木牧之です。「鶴齢」の前の名前は「九曜正宗(くようまさむね)」と言いました。また、新しい取り組みも常にしており、お酒の種類が多く、単独米が多いのが特徴です。焼酎や梅酒もいち早く製品化しました。

 

ー 越後ワイナリーさんは雪中貯蔵をしているそうですが、ワインがどのようにしあがるのですか?

 

青木:厳密には雪氷室(せきひょうしつ)という、外部と遮断された室内に雪の塊を入れ、気温5°で貯蔵します。ゆるやかに熟成するため、フレッシュさが続き、カドが取れたワインが仕上がります。

 

ー 八海醸造さんは焼酎や地ビール製造してるそうですね。

 

南雲:当社では清酒から出る米粉や酒粕(さけかす)といった副産物を利用して、醪(もろみ)どり焼酎や粕とり焼酎を製造しています。

本社の近くの泉という部落で、「八海山泉ビール」という地ビールを造っています。大手のビールに比べて高いので主に首都圏向けに販売されていましたが、近年のプレミアビールブームで売れるようになりました。

対談中の杜氏の一コマ

 

【酒造りを通じて、魚沼を発信したい】

 

ー 最後に皆さんに酒造りに一番大切なものを教えていただけますか?

 

阿部:体調管理です。水や原料米等のチェックには不断の管理が大切です。

今井:私も健康管理ですね。あと、若い蔵人を育てること。あと、営業もしていた経験からか製品の良さを知っていただくことも大切だと感じています。営業といってもただ酒屋さんを回るだけでなく、エンドユーザーを大切にしたいと思います。酒の試飲会などを通じて、作り手の心や設備投資の理由なども知っていただきたいと思います。

南雲:南魚沼の酒は、魚沼の自然環境、文化、人が生み出したもの。酒造りを通して魚沼の自然や文化を大切にして、その発信することです。

青木:仕事を楽しむことですかね。ぶどうやワインは毎年違うので、今年はどんな出来になるのかが毎年楽しみです。(敬称略)

対談中の杜氏の一コマ

 

出席者略歴

髙千代酒造株式会社 杜氏 阿部茂夫さん
長男として地元で働くため、41年前に高千代酒造株式会社へ入社。最初の頃は日本酒も飲めない程であった。配達や瓶詰などを経て、10年前から杜氏の職に就く。

八海醸造株式会社 取締役製造部長 杜氏 南雲重光さん
42年前に八海醸造株式会社へ入社。先代は三島野積杜氏であり、自身も夏は実家の農作業、冬は蔵人として杜氏を手伝う。平成13年からは年間を通して杜氏として働いている。

青木酒造株式会社 製造部部長 杜氏 今井隆博さん
農家の長男として地元の青木酒造株式会社へ入社。18年間卸売販売を専門に働いていたが、杜氏集団の減少と、元々職人に憧れていたこともあり、製造に携わることになった。

株式会社アグリコア 越後ワイナリー 栽培製造課長 青木茂晴さん
17年前に株式会社アグリコアへ入社。10年間の営業職を務めた後、葡萄園の管理や製造などの業務を一通り経験し、5年前に栽培製造課長となる。

 

注釈

「一本〆」… 「五百万石」を母に、「豊盃」を父とし、人工交配して育成された固定種です。平成5年から新潟県で開発され平成17年に新潟県から髙千代酒造に源原種を移譲されました。今は「高千代酒造㈱」で管理している酒造好適米。

「和合」… 青木杜氏や蔵人、酒米を栽培する農家の人々ら『造り手』、酒屋や料理店などの『売り手』、鶴齢を愛飲してやまない『呑み手』による和合によって、良い酒は生まれると考えている。和合の背景にあるのは、新潟人ならではの“耐え忍ぶ精神”と“助けあう心”。お互いがお互いを思いやり、時には我慢し、時には励まし合い、時には喜び合って、初めて和合は成立する。

鈴木牧之(すずきぼくし)… 明和7年(1770)塩沢に生れ。天保8年(1837)に発刊された「北越雪譜」は雪国越後の民俗、習慣、伝統、産業について詳述した牧之の代表作で江戸時代のベストセラーとなり現在も多くの人に愛読されている。

日本酒度 … 清酒の比重を示す単位。日本酒度が高い(+の値が大きい)ほど辛口になる傾向があり、味の目安としてラベルに表示されることが多い。しかし杜氏は計測だけに頼らない。

純米大吟醸 … 日本酒は精白歩合で種類がある。一般的に普通酒で70%程度、吟醸酒で60%以下、大吟醸酒では50%。また、醸造アルコールを使用していないものを純米と呼ぶ。

 

「南魚沼酒語りハンドブック」

2014年3月発行 第1刷
発行/新潟県南魚沼市産業振興部商工観光課 〒949-6696 南魚沼市六日町180-1
電話/025-773-6665
制作・印刷/株式会社 滝沢印刷

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