雪が消えると

作成: 日時: 2023年12月6日
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 3mもあった積雪が、春になるとともに消えていく。すると山の生命があふれだし、人々は山菜をもとめて山へ入る。雪国の一部の地域では、山菜を採りに山に入ることを「山騒ぎをする」というそうだ。その言葉からは、本来人間の場所ではない世界へお邪魔するという謙虚さや自然への畏怖の念を感じる。そうした自然への素朴な敬意は、雪国の暮らしのなかのいろいろなところに顔を出している。雪解けで生命力あふれる雪国の春の営みものぞいてみよう。

 

春の訪れとゼンマイ小屋

ゼンマイのマス(綿)取り
山に小屋掛けして泊まり込み。昭和40年代までは各所で見られた。
写真:小出郷山岳協会 (2009) 『小出郷山岳史』 より

 
 雪に包まれた山々が緑色に変わる時、雪国にもようやく春が訪れる。
 魚沼市湯之谷地域はほとんどが山間地で、山仕事も多く山神様への信仰の深い集落。十二講、荒神様、お庚申様、薬師様、歳の神様など神仏ばかりでなく、一年を通して神様を祀る。神様やお祭りには郷土料理・行事食がつきものだ。特にこの地域では郷土料理でゼンマイの煮物が一番の御馳走で、冠婚葬祭といえば必ず供された。
 「茶々(ちゃちゃ)の会」は魚沼市湯之谷地域に失われつつある行事や郷土料理を娘や嫁に伝えたいとの目的で郷土料理の研究と普及に取り組んでいる団体。「魚沼のごっつお」という料理本も出版している。同会の創設者で前会長の佐藤あさのさんと現会長の大桃久子さんに山菜採りのことや昔の暮らしを伺った。
 「昔は春になると1ケ月山に籠ってゼンマイ獲りをしていました。秋の頃〝荷揚げ〟といって翌年のゼンマイ獲りのための小屋建設のための米、みそなどの保存食や濡れないための油紙、かやなどを埋めておくんです。私の祖父母は夫婦で山に入ったものです。赤ん坊もいっしょ。ネズミなどに子供をいたずらされないため、まめこご(まめのカゴ)に赤ん坊を吊るしたものです。」
 ゼンマイ小屋という4畳半程度の小屋を作り、そこで寝泊まりしながらぜんまいを収穫、ゆでる、ほぐす、乾燥まで行った。大量のゼンマイも乾燥させれば小さくなる。それを背負って里まで帰ったそうだ。
 「ゼンマイ小屋での1ケ月の働きで、家族7人が1年食べる米が買えるくらいのお金が稼げたものです」
 魚沼でのゼンマイ獲りが終わった後、北海道にゼンマイ獲りに行く猛者もいたそうだ。
 
自然とともに暮らす雪国の四季
 春は山菜採り、夏から冬は蚕(かいこ)、秋はそばや米、きのこ採り、そして雪に覆われる冬は藁仕事が1年のルーティーン。そして炭焼きも行っていたそうだ。
 「炭焼きのためのボイ(燃料にするための木)を取ると山に日光が入り、ゼンマイも太く、よく育った」と山での暮らしのなかで知恵の循環が自然に生まれた。
 「子供の頃は囲炉裏を背にしてよく年寄りが藁仕事をしていたものです。あしなか、草履、わらじ、たす(背負子)、みなわ(縄)、みの、ぶうし(三角型のヤッケ)など生活に必要なものは何でも作りました。あたらしい草履をはけると嬉しいもんでした」というから昔の雪国に暮らす人は現代人よりはるかにSDGsな生活をしていたんだと思う。
 
十二講のお祭りが済むまでは山へは入ってはいけない
 毎年3月12日には山の神様の祭りである「十二講(じゅうにこう)」というお祭りが開催された。この祭りの後、初めて山へ山菜採りに入ってもいいことになっていた。
 「春になる前に山に入ると雪崩に巻き込まれる恐れがあります。それを防ぐための昔の人の知恵なんだと思います」
 神社は雪に埋まっていることも多かったから、雪洞を作ってその中に、小豆まんま(ご飯)、甘酒、尾頭付きの魚(といっても海がない地域なので煮干し)を奉納し、弓矢を放ったという。山仕事は危険だから神仏を敬う習慣が盛んで、神仏にお祈りする行事も多いそうだ。
 「自然とともに暮らすので、自然に対する畏怖やそれをやわらげるための神事が盛んになったのではないか?」と大桃さんは語る。
 
郷土料理は生きるための知恵の塊
 山菜採りは雪国に春の訪れを知らせ、獲る楽しみ、食べる楽しみ、そしておすそ分けする楽しみがある。この辺は半年雪に覆われる豪雪地域だから山菜は生きるための保存食だった。
 「今も昔もこの地域の人はゼンマイなどの山菜は5本あったら必ず1〜2本は残して収穫する。都会の人は根こそぎ獲るから山菜が年々細くなってしまう。うども普通は茎のあたりで切るが、知らない人は根ごと収獲してしまい、次が育たない」と残念な表情をして話してくれた。
 最後に都会に人にどのように山菜を楽しんで欲しいか、聞いてみた。
 「それはここで食べるのが一番」と、佐藤さんはとびきりの笑顔で答えてくれた。山菜は自然のもの。獲ったと同時に劣化が始まるので、獲れた場所で新鮮なうちに食べるのがいい。加えて調理に使う水も大切で、食材と水の産地が同じだと味が格段に良いそうだ。ぜひ、旬の山菜料理を食べに春の雪国観光圏に足を運んでもらいたい。